machicoo’s diary

アラフォー既婚子ナシ転妻

上の階の子がうるさい

キーーーーーーっ!

という声はなんなのか

どうしてそんなに

何時間も叫び続けるのか意味不明

マンションは響く

この世の中

子供の声に耐えられないのならば

私が引っ越せばいいような気もしてくる

そろそろ母の法事の準備

父の通院

連休なので、義父母の生活の様子を見に滞在しなければならない

けして人が嫌いなわけでは無いのに

結婚してからは

大型連休と年末年始がキライだ

自分を犠牲にした

大仕事だと思わないと乗り切れない

自分などどこにもない

などと

気疲れしては昼寝している私だが

じゃあその自分の時間に自分を高める何かに取り組んでいるのかというと

真剣に、身のあるもの、は続いていないような気もする

周りの環境はどうあれ

周りの環境がそうさせたのであったにせよ

自分自身のモチベーションを上げるには

他の誰にもできないし

それができないのは誰のせいでもない

たぶんそれは

努力というくくりじゃなくて

嫌なことを無理して頑張ることではない

好きなことをするという理想にたいして

自分の実力がついていっていないことを

認めていないだけ

いつだって

好きなことを投げ出して

言い訳してる

死にたいという言葉は

何か別の言葉に置き換えられる

ここのところは

楽して理想を手に入れたいけどうまくいかないから死にたい

みたいなことだ

遥か上の理想に対して

自分の実力はこの程度なのだと

気付いた時に投げ出したくなる

そこでもちろん

得意ではなかったのだとわかったなら

引き下がるのも賢い選択だと思っているが

でもそれがスタートで

そこからまた

その理想にいきつくために

今自分ができること、できないことを区別してやってみること

そうやって

自ら失敗と経験を繰り返さないと

きっとまた同じことで悩むのだ

いつでも

できないことが何なのか

問題を知ること、考えることでそこから抜け出せる気がしてる

とりあえずやってみる

けしてリア充の言葉じゃない

ある程度のリスク管理はマイナス思考の自分ならやってのけられること

やってみなくても想像つくことをやってみる

そこにまず

嫌な気持ちや失敗はあるものだと腹をくくった上で進んでみる

自分が想像した成功がうまくいかないのだという失敗を実感すること、まで想像つく

理想通りじゃなかった現実を泥臭くやってしまった先に見えるものは

自分の想像を超える

良きも悪しきも実践してみてもなお

想像もしなかった現実を経験したとき

生きていたいなぁと思っているものなのかも

もしくは

自分が想像すらしなかった幸せな気持ちを見てみたいという理想が

モチベーションに繋がるのかもしれない

何をしても

何をしなくても

時間は同じように過ぎ行くから

自分探しは

自分の中の

経験の積み重ねで得られる

想像の、先の、その、何か

なんだろうね